沈黙は金なり

アラフィフサラリーマンの日々徒然日記です。

 
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2006年 野球殿堂

門田 博光
怪我を克服し、史上最年長MVPに

■ 顕彰文
昭和45年ドラフト2位で南海に入団し、翌年3番に抜擢され、この年打率.300、31本塁打、120打点を記録して打点王を獲得した。昭和54年のキャンプ中にアキレス腱を切断したが、懸命のリハビリにより、翌年には41本塁打を打って復活した。40歳になった昭和63年全試合に出場して、44本塁打、125打点で2冠を獲得し、史上最年長のMVPに選ばれた。通算567本塁打は歴代3位。









高木 守道
攻走守三拍子そろったバックトスの名手

■ 顕彰文
昭和34年に県立岐阜商高で選抜高等学校野球大会準優勝し、翌年中日に入団。高校時代から功走守三拍子を備えた名二塁手で、“いぶし銀”の活躍を見せた。二塁手で7度のベストナインは2リーグ制以降では最多。また「バックトス」の名手といわれゴールデングラブ賞も3回獲得した。盗塁王も3回獲得し、昭和53年には通算2000本安打を達成した。引退後、中日のコーチ、監督を務めた。









山田 久志
独特のサブマリン投法で通算284勝

■ 顕彰文
昭和44年ドラフト1位で阪急に入団し、独特のサブマリン投法で翌年には10勝をあげた。以後、17年連続2桁勝利、12年連続開幕投手、投球回数200イニング以上13回、3年連続MVPなど輝かしい足跡を残した。昭和51年には自己最高の26勝をあげるなど、数々の記録をうちたて阪急のエースとして活躍した。引退後、オリックス、中日のコーチを経て中日の監督を務めた。










川島 廣守
プロ・アマの協調体制を加速させる

■ 顕彰文
昭和63年、日米野球協定の見直しに着手。その後、日米球界連絡強化策を打ち出し、平成12年3月米大リーグ開幕戦の日本での開催を実現させた。セ・リーグ会長時代からのプロ・アマ協調体制の確立に尽力。平成16年には高野連と「新人選手選択に関する覚書」に調印し、プロ・アマの雪解けを加速させるなど、セ・リーグ会長14年、コミッショナー2期6年の合計20年の長期に亘り、プロ野球界の発展に寄与した










豊田 泰光
西鉄黄金時代にクリーンアップを打つ

■ 顕彰文
昭和28年西鉄に入団。1年目から遊撃手のレギュラーとなり、打率.281、27本塁打という高卒新人としては、異例の好成績で新人王を獲得した。日本シリーズ3連覇を達成した西鉄黄金時代には、クリーンアップを打ち「大舞台に強い打者」として優勝に貢献した。ベストナイン6回、オールスター出場9回。近鉄のコーチを務めたのち、さまざまなメディアで野球評論家として活躍。
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