沈黙は金なり

アラフィフサラリーマンの日々徒然日記です。

 
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1996年 野球殿堂

藤田 元司
指揮官としても手腕を発揮した巨人のエース

■ 顕彰文
慶応大卒業後日本石油に入社。昭和31年の都市対抗野球大会で29イニング連続無失点新記録を達成。橋戸賞を受賞し優勝を飾る。巨人入団の32年新人王。33、34年最高殊勲選手賞。34年最多勝を獲得。実働8年。119勝88敗。防御率2.20。コーチ、スカウトを経て2度に亘り巨人監督に就任。リーグ優勝4度、日本シリーズを2度制した。









衣笠 祥雄
2215試合連続出場の鉄人ぶりで広島に貢献

■ 顕彰文
平安高の強肩捕手4番打者で春夏の甲子園大会に活躍。昭和40年広島カープへ入団。強打のチームリーダーとして球団初を含む5リーグ優勝と3度の日本シリーズ優勝に貢献した。62年米大リーグ記録を破り2215試合連続出場記録を樹立。“鉄人”と称さる実働23年。通算2677試合、2543安打、504本塁打、打率.270、盗塁王、最優秀選手賞、打点王にも輝く。








牧野 直隆
都市対抗3連覇した第4代高野連会長


■ 顕彰文
慶応商工。慶応大と好手巧打の遊撃手、主将として活躍。昭和9年卒業後、第8回都市対抗野球大会で全大阪の優勝に貢献。同年秋鐘紡淀川を創部。その後全鐘紡の総監督として都市対抗野球大会で25年から3連覇の偉業を達成した。一方、24年の日本社会人野球協会設立に尽力。また56年からは日本高等学校野球連盟の第4代会長として高等学校野球の発展と育成を図り、各種の改革を成し遂げた。









保坂 誠
東京ドームを建設した後楽園スタヂアム社長

■ 顕彰文
中国旧満州遼陽に生まれる。慶応大卒業後満州中央銀行を経て昭和25年(株)後楽園スタヂアムに入社。53年同社社長に就任。59年には創立50周年記念事業として画期的な屋根付き球場建設を発表。63年に東京ドームが完成した。社名も(株)東京ドームと改称し、ドーム球場の先駆者としてプロ野球の人気を支えている。

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