沈黙は金なり

アラフィフサラリーマンの日々徒然日記です。

 
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1985年 野球殿堂

杉下 茂
中日初優勝に貢献したフォークボールの元祖

■ 顕彰文
帝京商、明大を経て昭和24年中日に入団。独自のフォークボールと快速球を駆使して目覚しい活躍を続け、プロ野球史に一時代を築いた。特に29年には最高殊勲選手を始め投手成績の各タイトルを独占する働きでチームにセ・リーグ初優勝を齎し、対西鉄の日本シリーズでも連投してその制覇の原動力となった事は驚異に価するものである。34年から中日、大毎、阪神、巨人のコーチ、監督を歴任した。








白石 勝巳
逆シングルの妙技で魅了した名遊撃手

■ 顕彰文
広陵中学では強打の一塁手。昭和11年巨人軍に入団。猛練習の末、屈指の名遊撃手となり戦前の黄金時代を築いた。堅実無比のプレーは名人芸といわれ、特に逆シングルの妙技は戦前戦後を通じファンを魅了した。25年広島カープに移り攻守の主軸で活躍。監督に就任後もチームの強化育成に尽瘁して現在のカープ球団の基盤づくりに貢献した。43年から巨人軍のコーチとなり9連覇達成に寄与した。








荒巻 淳
「火の玉投手」と呼ばれたパ・リーグ初代新人王

■ 顕彰文
大分経専時代、全国高専大会の決勝戦で奪三振23を記録。左腕からの快速球の威力は「日本の火の玉投手」と呼ばれた。昭和24年夏の都市対抗では星野組のエースで優勝。橋戸賞を獲得した。翌年毎日オリオンズに入団。たちまち最多勝26、防御率1位で新人王となり、同球団のパ・リーグ優勝、二リーグ制最初の日本シリーズ制覇に貢献した。その後も主力投手で活躍、昭和37年から阪急・ヤクルトのコーチを歴任、後進を育成した。









田中 勝雄
アメリカ遠征も経験した早大を代表する強打者

■ 顕彰文
大正7年、市岡中から早大に入学。強打・攻守の外野手として四大学(のち六大学)リーグで活躍した。特に350匁(1313g)のバットから放つ豪快な外野柵越の長打はファンの驚嘆の的となった。大正10年アメリカ遠征中、強打者ホーンスビーの指導を受けてますますその真価を発揮し、日本最初の本格的ホームラン打者と謳われるに至った。卒業後、オール大阪や早大監督、プロ野球朝日軍の役員をつとめ、球界の発展につくした。









山内 以九士
「日本野球規則」を編纂した規則・記録の大家

■ 顕彰文
慶大在学時代、直木松太郎氏に師事して、ルールの研究に没頭。昭和15年に広瀬謙三氏と共同で「日本野球規則」を編纂した。また戦前戦後を通じてプロ野球規則委員、公式記録員として活躍を続け、創生時からの記録を整備して集計の基礎を確立したほか、ベースボール・レディ・レコナー(打率早見表)、ヤマウチ式スコアーブック、勝敗投手の細則等を作成するなど多くの業績を残して球界の隆盛発展に寄与した。




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