沈黙は金なり

アラフィフサラリーマンの日々徒然日記です。

 
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1981年 野球殿堂

飯田 徳治
1246試合連続出場の“元祖・鉄人”一塁手

■ 顕彰文
横浜浅野中学の投手四番打者で活躍。東鉄管理局の主力打者で昭和17年21年の都市対抗野球大会に出場、打撃賞を獲得した。22年南海ホークスに入団。攻守走三拍子揃った名一塁手としてチームの黄金時代の一翼を担った。特に23年秋から33年5月までの10年間に樹立した1246試合連続出場という前人未到の大記録は高く評価された。のち国鉄、サンケイ、南海のコーチ、監督をつとめ、誠実な人柄と指導で信望を集めた。






岩本 義行
“神主打法”で1試合4本塁打した豪傑

■ 顕彰文
昭和7年広陵中学から明治大学に入学。豪快なプレーで神宮球場の人気を集め、卒業後南海球団に加入。戦時下のプロ野球界で活躍した。戦後37歳でプロ野球に帰り咲いたが、持前の強打力は少しも衰えを見せず、松竹ロビンス優勝の立役者となり、また一試合4本塁打18塁打の快記録をつくった。29年30年の都市対抗野球大会に出場して健在ぶりを発揮し、31年から41年まで東映、近鉄の監督、コーチを歴任して後進の指導に尽くした。






佐伯 達夫
高校野球の発展に寄与した第3代高野連会長

■ 顕彰文
大正初期、市岡中学、早稲田大学の三塁手で活躍。豊中、鳴尾、甲子園と続いた全国中等学校野球大会(現高校野球大会)に大正9年以来役員として参画し、戦後高野連の創設に伴い副会長、会長を歴任。高校野球は教育の一環なりとの信念に徹してこれの指導育成に専念し、高野連今日の隆盛を築いた。また、大学、社会人野球の指導者としてその発展に貢献。87歳の生涯を通じて日本の野球界に残した功績は偉大である。






小川 正太郎
社会人野球協会結成に貢献した早大の名投手

■ 顕彰文
和歌山中学時代、中学球界不世出の名投手といわれ、昭和4年早稲田大学に入学の年、宮武、水原らと対決した早慶の熱戦は特に有名である。病気のため現役は2年で終わったが、卒業後毎日新聞社に入社、野球評論で健筆を奮った。24年社会人野球協会設立に参画し、爾来18年間理事・事務局長として協会の整備、発展に専念した。また軟式野球連盟理事、日本野球規則委員をつとめ、アマチュア球界の発展に大いに貢献した。
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