沈黙は金なり

アラフィフサラリーマンの日々徒然日記です。

 
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
02

【 スポンサーリンク 】

1980年 野球殿堂

大下 弘
猛打でファンを酔わせた“青バット”の天才打者

■ 顕彰文
昭和20年秋プロ野球復活と共に新球団セネタースに入り、東西対抗に初出場。たちまち猛打を揮って注目を集めた。翌21年戦前の記録を大きく更新して本塁打王となり、その後も華々しい活躍を続けて、川上哲治と共に大打者としての象徴的存在となった。同27年西鉄に移り、同チーム最盛期の主軸となる。現役引退後は阪急、東映、大洋のコーチ、監督を歴任。また少年野球の育成にも情熱を傾けた。






小鶴 誠
シーズン161打点の日本記録を持つ強打者

■ 顕彰文
昭和17年、プロ野球名古屋軍に加入。強打者として頭角を現わしたが、戦後大いにその真価を発揮した。同24年大映で首位打者を獲得。翌25年松竹に移って51本の日本記録で本塁打王、打点王となり最高殊勲選手に選ばれた。その打撃フォームと強打振りは米大打者ジョー・ディマジオに擬せられ、長らくファンを楽しませた。その後、広島、国鉄、阪神等で活躍。後進の指導に努めた。






千葉 茂
“猛牛”の異名をとった好守巧打の名二塁手

■ 顕彰文
松山商業時代夏の甲子園大会で優勝。昭和13年春巨人軍に入団。爾来二塁手三番打者で健斗し、戦前の同軍黄金時代の主戦力となる。戦後もチームの主軸となって活躍を続け、名二塁手として不動の地位を築いた。終始チーム全体の昂揚を念じ、堅実無比な守備と有効適切の強打によって、長期間にわたり同軍安泰のために大いに貢献した。のち近鉄バファローズの監督をつとめ、引退後野球評論家となる。
関連記事


【 スポンサーリンク 】


Comments

Leave a Comment


Body
プロフィール

うつ中年

Author:うつ中年
野球、iPhone、ラーメン、子育てetc日々の思いを語るブログです。月2万円の小遣いをカミさんから貰わなくてもよくなる日を夢見て立ち上げました。どうぞよろしくお願いします。

他にも運営しているサイト

★雄弁は銀なり★
 
最近書いた記事
Twitter
お客様
ご来場ありがとうございます。
 
 
 
リンク
 
 
 
 
ブログランキング