沈黙は金なり

アラフォーサラリーマンがブログでまったり小遣い稼ぎを始めました。野球、iPhone、ラーメン、ロック、など日々語っておりますので、どうぞ気楽にお楽しみ下さい。

 
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落合博満講演会2012レポートその1

2012年5月某日。
講演の詳細をレポート致します。
尚、メモと記憶を頼りに作成しておりますので、私なりにかなりのアレンジを加えており、完全に一字一句を再現したものではないことをご理解下さい。



アナウンサーの5分程度の落合さんの紹介コメントがあり、拍手で登場…

えー…90分のうち今5分すぎたんでね…(笑)
皆さん笑わないで下さいよ。私もらった時間が90分だから、アナウンサーさんがもう5分しゃべってくれたからオレは85分しゃべればいいてわけなんでしょ?(笑)
IMG_2811.jpg

あのー…すいませんもう少し客席明るくできませんかね?(照明が明るくなる)
わがまま言って申し訳ありませんね。私人と話する時は人の反応見ながら話すのが好きなんでこっちの方がいいんですよ。

さてと…今日のテーマ。勝つ野球と人材育成の仕方ね。私今だに人材育成の仕方なんてわかりません!
どうすりゃいいのかって、いつの時代も最大の課題なんだと思います。

今日は野球オンリーの話しかできませんからね。色々本を書いてはいますけどね、基本私は経営者でもなんでもありませんから、会社の経営の仕方とか人材育成の仕方なんてわかりませんからね。
どちらかっていうと家のカミさんが経営者でやってるんですよ。私は言われるままにせっせせっせと小銭を稼ぐだけのことですから。

…勝つ野球…20年間現役選手やって来て、5年間、各地のキャンプ回ったり解説の仕事でいろんな球場に足運んだけどね、自分は20年間の現役生活の中で何をやってきたんだろうって振り返る5年間だったんだ。

先輩達からはやいのやいの言われた経験は山ほどあります。こんなこともあんなこともできないのかとかさ、今言った事もう忘れやがってとか…野球界は縦社会ですから口答えもできませんでした。そんな環境でしたよ。

幸か不幸かオレは25歳でプロの世界に入ったからさ、先輩からぶん殴られるってことは無かった。高校上がりで入ったとかじゃなく社会人上がりだからね。結構若い奴は殴られたり叩かれたり、体罰って言うのか、愛のムチっていうのか、そういうのたくさん見てはきましたけど、私は幸い無かったんです。
ある程度社会人としての経験を重ねて来たからこそそういう中でもなんとかできたんじゃないかなと思うんです。人はもっと早くにプロ入りしてれば成績は違ってたなんて言う人もいますが、少なくとも私にとってのプロへ入るまでの7年間の社会人経験というのは、その後のプロ生活を続けられたという意味では良かったと思っています。

さて一番最初から皆さんには話さないといけませんね。
私、中学校の頃、秋田県で一番の野球選手だったんです!(ザワザワ)
なんでそこで笑うんだよ!(笑)やっぱ自分で言っちゃおかしいかな?

中学校の県大会の予選の時ね、オレピッチャーでエースだったんだよ。試合前に雨が降っては止み、降っては止みで3、4回肩を作ってたんだ。いざ試合に入ったら自分では決まったと思ったボールが審判が全然ストライクって言ってくれない…結局サヨナラで試合負けちゃった。
後で審判に聞いたら、肩作るので疲れちゃってたせいか、いつもならビュッとストライクに来る所がボールがベースの上で少しお辞儀してたんだってさ。
自分ではできてると思ってるのに…これが一番危険なんだよな。自分ではできてるという思い込み…一生これとの戦いなんだなと中学の時思い知らされた。

試合に負けた次の日の地元の新聞ではさ、「怪童墜つ!」なんて書かれちゃった。おいオレいつから怪童になんかなっちゃったんだよって思ったけどね。
まあ県内の高校はほとんどスカウトに来た。入学試験は受験番号と名前だけ書いてくれればいいからって言われたよ。勉強できなくてもいいから野球だけやってくれってことだったんだね。当時からそういうのはあったんですよ。

勉強はできなかったわけじゃないんですよ。中学時代はどんな教科も7〜80点位はとっていたんだ。
でも英語だけは納得いかなかった…なんで日本人なのに英語しゃべらなきゃいけないんだよって、まだ日本語でさえロクにわかってないのにさ。今後万国共通で英語しか通じなくなるなんて思えなかったからオレ英語は勉強しないことに決めた。中学2年生の1学期位までは80点くらいはとってたんだけどね、期末試験からは白紙で提出。そっからずっと中学時代は英語は白紙で提出してた。オレには英語は必要ないからって。

今思えばなんで秋田工業の建築科なんて受けたんだろうって思うんだけどね、当時は3教科。国語と数学、そして英語。でも名前と受験番号だけ書けばいいって言われたからさ…そんでも168点とったんだよ。英語は当然白紙で提出したさ。だからオレって意外とバカじゃないんですよ。
当時の秋田工業の建築科は結構難易度が高くてね、80点平均、240点が合格ラインだったんだ。オレは名前と受験番号だけで合格。おそらく最低の点数だったと思う。
オレのせいでここに入りたくても入れない奴がいたんだって思うと今だに申し訳ない気持ちがあるんだよな。

いざ入ったら1年でオレの実力はすでにエースで4番。野球やるより先に手と足が出て来るのが早かった。
オレ何のために高校入ったんだよ…殴られたり蹴られたりする為に高校入ったんじゃねえよって…このまま黙ってたら命持ってかれるんじゃないかって思ったからオレすぐに登校拒否になっちゃった。

あのー引き蘢りになった訳じゃありませんよ。家にいれば学校行けよってうるさく言われるからさ、学校行く振りして映画館にばっかり行っていた。親にも兄貴とかにも内緒でね。
当時の映画館は今と違って入れ替えなんてなかったから一度入れば一日ずーっといれたんだよね。

そんなこと1ヶ月間位繰り返して家に帰ったら同級生が待っていた。おい落合そろそろ学校に出て来いよ…ってね。
そこで初めて家族に学校行ってないってバレちゃった。

そんで渋々学校行くんだけどまた野球部の練習では殴る蹴るの繰り返し…もう嫌になって学校辞めようかと思ったんだけども、ロクに試験受けなくても入れてもらったって義理もあるし、もっと言えばオレが入学した為に入れなかったどこかの誰かがいる訳で、その人になんか申し訳ないなって気持ちがあってさ、学校辞めるって訳にはいかないなと…

ああ…だったら野球辞めればいいんだって…野球部辞めました。



…その2へ続く

※内容は録音されたものではありません。会場内での録音は禁止です。
私の記憶とメモを頼りに、講演者の言葉風にアレンジして作成したものですので一部文脈に不自然な点もあるかもしれませんが、ご了承下さい。
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