沈黙は金なり

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落合博満講演会2013レポートその1

2013年7月某日。
講演の詳細をレポート致します。
尚、メモと記憶を頼りに作成しておりますので、私なりにかなりのアレンジを加えており、完全に一字一句を再現したものではないことをご理解下さい。



落合氏

何かここに椅子があるってことはここに座ってしゃべろってことなんでしょうね…
えー…楽天の試合見に行かなくていいんですか?(笑い)
オレの話聞いてるより見に行った方がいいんじゃない?9年目にして初の首位なんでしょ?
楽天の試合見に行ったら?
だいたいオレの生の声聞く機会滅多に無いから興味本意で来たんだろうなと思いますけど…

えーこの中でマスコミの方いますか?いたらてを挙げて…いないの…本当?
困るんだよ、こういう講演でしゃべったことが来週の週刊誌あたりにのるんだよなあ。
昔の記者ってのは絶対そういうことしなかった。絶対自分で取材したことしか記事にしなかったよ。こういう講演やテレビでしゃべったことなんかはプライドがあったから記事にすることはなかったんだけど、ところが最近はこういうところでしゃべったことが全部記事になりやがる。
お客さんには色々しゃべりたいんだけど、あと2週間仕事するとオレも1ヶ月夏休みになるから変なこと記事にされるのもやだしな…どうしようかなーって感じです。

まあ楽天ができて9年。最初田尾が監督やってあれだけ負けたんだけど唯一同一カード3連勝したチームがあるんだよ…まさかオレも楽天に3連敗するとは思わなかったよ…(笑い)
歴史的な出来事を作ってしまんたんだけどね。当時楽天に負けたら絶対優勝はできないってみんな言ってたんだけども、唯一交流戦で楽天が勝ち越ししたのはうちだけなんですよ。
それだけ中日が弱かったんだってことなんだけども。それには裏話がありましてね…
山本昌先発って決まってたんですよ…

ところでまあ、あいつもきっと50歳まで現役やるんだろうね…あいつのことだから…
あいつは出てきた時から早いボールなんか無かったんですよ。130~135キロ位の真っすぐしかなくてね、どうやってこのボールを速く見せようかってってんでアメリカでシンカーを覚えてきた。
最初は当時ベロビーチキャンプ行った時に誰か選手を置いてこなきゃいけないって話になっててね。そん時にどうしてもこいつダメだからってんで置いてきたのが山本昌なんだ。それは星野さんが一番良く知っていると思う。

期待をかけてってんで置いてきたんじゃないのよ。どうせこいつダメだろうからってんで置いてきた5人位のうちの一人が山本昌なんですよ。この時にドジャースにいたアイク生原さんというもう亡くなった素晴らしい人がいまして、この人が心底面倒みたんです。丁度この頃ドジャースにバレンゼエラっていう投手がいましてね、出てきた1年目で最多勝、新人賞とって何億稼ぐプレーヤーになったんですけども、そのバレンゼエラの決め球がシンカーだったんだ。そうれをどういう訳か昌が覚えちゃった。あれよあれよと活躍して向こうのルーキーリーグや3Aでオールスターに選ばれちゃった。そしたら8月頃ですか…トロントブルージェイズから昌を欲しいって言ってきた。メジャーリーガーとしてね。
そんで慌てて呼び戻しちゃったんだ。そんで呼び戻したその年に5勝挙げて、そっからあいつの野球人生がスタートしたんだ。
photo昌

人間の運ってのはどこで開けるかわからんもんですよ。まあそろそろ昌も辞めてもいい歳かもしれませんが、皆さんも50歳になった昌も見てみたいでしょう。

楽天に3連敗したあの年は昌が前半戦全然仕事してなくて後半戦から出てきて阪神にノーヒットノーランやったりして5勝位したけどこの5勝が無ければドラゴンズは優勝できなかったんだ。

その年の最終戦の最後に昌がオレに話があるって来たんだ。何だって聞いたらあいつ「監督、もう1年野球やらして下さい。」って、オレはなんだよやりたかったら何年でもやりゃいいじゃねえかって言ったんです。正直当時の山本昌と立浪だけはチームでも別格だったんです。おまえらは監督や球団が辞めろとは言わないよ。辞めたい時は自分で身を引ける選手なんだと言ってましたから。だから昌、お前は辞めさせるとかのリストには最初から入ってはいないよって言ったら、子供の様に嬉しそうな顔して去って行ったのを覚えていますよ。今だに昨日のことのように覚えています。
そんで契約したら次の年何にもしないでやんの!(笑い)
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なんかくるぶしかなんか骨折したとかで1年間何もしなかったんだよ。普通だったらそこで終わりなんだろうけども、やっぱり運のある奴は最後まであるんだね。監督がオレから高木さんに変わってるもんだからそのまんま居着いてまだ投げてやがる。今年も3つか4つ勝ってるんでしょ。おそらく来年もまたやるんだろうと思います。そうすると50歳までやるんだろうなあと。

まあ50までやったらもういいだろうとは思うけど、ちょっとやそっとでは辞めないんじゃないかなって思うんです。何故かってあいつ巳年なんです。オレと一緒、オレの一回り下なんです。巳年ってのは結構執念深いししつこいからね。おれは今年巳年の還暦なんだけども1回何か悪く言われたことは絶対忘れないんだ。それだけ執念深いんだ。昌もそういう執念深さというかしつこさを持っているんじゃないかなと。

普通若いバッターやピッチャーは年とともに落ちてくるんだけど、あいつの場合は最初から150キロなんか出ていないんですからね。足の速い選手なら走ったつもりが走れていない。ホームラン打ってる奴が行ったと思った打球がフェンス前でお辞儀してアウトになる、そうするとああオレもそろそろ終わりかなと思ってユニフォームを脱ぐんです。

ところがあいつ昌は辞める要素が無い。だって最初から遅いんだもん。(笑い)
野球選手は皆体力の限界って辞めて行くけど実際、体力の限界なんてそんな早くは来ないもんですよ。
要は自分が今までやってきた数字が思った様に出てこなくなってしまうと、第一線を張ってた連中ってのは何か寂しさを感じるんですよ。最後は数字に追い込まれて辞めちゃうんです。
じゃ落合はなんで辞めたんだって?オレはだいたい15億位の借金してたんですよね。名古屋の家、東京の家、和歌山の落合記念館と。オレ自分で一旦買ったものは絶対手放したくないんです。ダメだったら売ればいいじゃねえかって思いませんでしたね。借金てのは怖くなかったんです。
当時税率は86%ですよ。所得税68%、住民税18%。計86%ですよ。オレの上で払ってたと聞いたのがたけしさんあたりで90%だったそうですよ。だからオレの場合100試合すると86試合は国の為にバッターボックスに入ってたんですよ。おれの稼ぎはあとの14試合分だったんですよ…

その2へ続きます…



※内容は録音されたものではありません。会場内での録音は禁止です。
私の記憶とメモを頼りに、講演者の言葉風にアレンジして作成したものですので一部文脈に不自然な点もあるかもしれませんが、ご了承下さい。
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