沈黙は金なり

アラフィフサラリーマンの日々徒然日記です。

 
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1977年 野球殿堂

水原 茂
名三塁手から球界を代表する指揮官に

■ 顕彰文
高松商業在学中、投手、三塁手として再度の全国優勝に貢献し、のち慶応義塾に進んで、ますますその力を発揮し投・打・守に活躍した。特に堅実華麗な三塁守備は六大学の花といわれた。続いて巨人軍に参加し、長年にわたり名三塁手としてプロ野球に君臨した。戦後巨人の監督に就任して、同軍の黄金時代を築き、また東映、中日の監督を歴任してチームを強化育成。その大胆にして緻密な指導力は世上に高く評価された。




西沢 道夫
14歳でプロ入りし、投打に多くの伝説を残す

■ 顕彰文
名古屋軍のテスト生として14歳でプロ球界に入り、本格派投手に成長した。昭和17年大洋軍(旧)と闘い、相手チーム野口二郎と共に28回の延長試合に完投の記録を樹てた。戦後打撃に精進して有数のホームラン打者となり、その鮮やかな一塁守備とともにプロ野球を代表する名選手として人気を集めた。のち中日ドラゴンズの監督をつとめ、続いて野球評論家として活躍した。




森 茂雄
早大を9回優勝させ、プロチームも率いた闘将

■ 顕彰文
松山商業、早稲田大学で強打の内野手とうたわれ、また大阪タイガース、イーグルスの初代監督として采配を揮った。戦後10余年間早大の監督をつとめ、六大学リーグ優勝9回の記録を樹立し、又多くの人材を育成した。その後、大洋球団社長、川崎球場社長を歴任。なが年にわたって野球界に多くの業績を残した。






西村 幸生
草創期にタイガースを支えた豪傑エース

■ 顕彰文
関西大学野球部黄金時代のエースであり、東京六大学チームを連破し万丈の気を吐いた。大阪タイガースに入団。主戦投手として年度優勝の立役者となり、特に沢村投手との対決では多くの名勝負を生んで当時の野球ファンを魅了した。わずか3年間のプロ野球生活であったが、大きな業績と共に強い印象をのこした。


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