沈黙は金なり

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巨人軍背番号4 黒沢俊夫

1番王貞治
3番長嶋茂雄
14番沢村栄治
16番川上哲治
34番金田正一

巨人軍の永久欠番には名だたる有名選手がずらりと並んでおりますが、昔っから気になっていたもう一人の永久欠番
背番号4番 黒沢俊夫選手
に触れておこうと思います。



プロ入りは1936年。
当時の名古屋金鯱軍入団後、大洋西鉄に移籍し、巨人軍に入団。
1947年のシーズン中に当時は不治の病とされていた腸チフスを発症し33歳の若さで現役選手のまま亡くなったのであります。


当時チームメイトだった千葉茂さんらが強く推したことで永久欠番となったそうなんですが、ご本人は遺言で「最後まで巨人軍のユニフォームのまま葬って欲しい。」とおっしゃっていたそうですね。
棺にもユニフォーム姿で納められたとのこと。

巨人軍在籍は第二次大戦終戦を挟み2年半程でしたが、千葉茂氏らは黒沢選手が戦中、戦後の過酷なチーム運営の中の功労者として、沢村栄治投手らとともに巨人軍永久欠番に推薦したようですね。


私、以前から巨人軍の永久欠番4番が気になっており、黒沢選手の事は知ってはいたのですが、中々記憶に留めておけなかったので今回書かせて頂きました。

とにかく異例中の異例な経緯の永久欠番。

人々の記憶に残る選手達ばかりが永久欠番にされている中、黒沢俊夫選手はなかなか注目される機会が少ない御方であります。

突出した成績を残したわけではありませんし、巨人軍の生え抜き選手でもありません。

シーズン中に病で急死するという壮絶な野球人生を送られた稀有な選手なのですね。


日本では昔から4という数字は
「し(死)」
として不吉な数字として避けられて来た傾向があります…単に日本語読みの語呂合わせだけなのですがね…
男の厄年「42(死に)」みたいなもんで、日本語ってのはこういう語呂合わせが古来からの文化でありますからね。


私も幼い頃、大人の誰かに教えられた記憶があるんですよ…
「4番は死だから縁起が悪い。昔巨人軍で4番を付けた選手がいてな…」
とかすかに記憶の片隅に残っております。

プロ野球に関する最も古い私の記憶かもしれません…それが巨人軍背番号4番の黒沢選手なのであります。



俊足好打の外野手で、ホームスチール成功が通算10回で歴代2位。(1位は与那嶺要氏の11回)

1試合に2度のホームスチールを記録したこともあるという方なので、さぞ魅力溢れ、躍動感あるプレースタイルの方だったのでしょうね。


背番号4番の選手を見かけると、ふと黒沢選手を思い出してしまう今日この頃…
自身が世間一般で言う厄年の年齢に近づいて来たからなのでありましょうか…


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